◇社長 島 紀彦 君へ!

 ■ 2012年5月22日 日本国債ソブリン格付けの引き下げ

ロンドンに本社を置く欧州の格付け会社フィッチ・レーティングスは、日本国債のソブリン格付けを「AAマイナス」から1段階低い「Aプラス」に引き下げたと発表した。Aプラスは最上位から5番目に当たる。見通しはネガティブ(弱含み)とした。同社による日本国債格下げは2002年11月以来9年半ぶりとのことだ。

 

同社によれば、日本の公的債務残高が12年末までに国内総生産(GDP)の239%に達すると予想され突出して高い水準にあること、財政健全化に向けた取り組みが切迫感に欠けると思われることに加え、消費増税についても激しい政治的論争が続いておりその実行は政治リスクが伴うことに懸念を示したとのことだ。

 

ご存知のとおり、これより前に財務省は、2002年5月に他の格付け会社が行った日本国債ソブリン格付けの格下げに対して、概ね次のように反論している。

 

(1)日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。

(2)格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。

例えば、以下の要素をどのように評価しているのか。

・マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国

・その結果、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている

・日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高

 

本日5月22日時点で、安住淳財務相は、今回の引き下げについて、個別のことにはコメントしないとしている。

財政再建に向けて社会保障・税一体改革の成立に政治生命を賭けるとする現政府や、増税自体をあたかも出世の評価基準や省益と考える財務省は、沈黙を保つことによって、むしろこのような外国の格付け会社による格下げを消費税増税についての国内の世論を誘導するプロパガンダに使うかもしれない。

 

そもそも、格付け会社が行う格付けとは何であろうか。私たちが注意しなければならないのは、格付け会社が評価しているのは、あくまで「信用リスク」、即ち債務を履行する能力がどれだけあるかに過ぎないということである。

 

社債を発行する企業の場合であれば、決して企業がそれを取り巻く従業員や顧客や仕入先などの利害関係者に提供している価値や企業自身の存在意義を評価しているものではない。その意味で、格付けに関心を払うのは、その企業の社債を保有する社債権者ということになる。

 

国債を発行する国の場合、企業の債務の返済能力を評価するやり方を、国の債務の履行能力の評価の当てはめた概念をソブリン格付けといい、自国通貨建て格付けと外貨建て格付けがある。格付において自国通貨建てと外貨建てとの区別をするのは、政府には課税権限、自国通貨の発行権限があるため、外貨建て債務より自国通貨建て債務の返済能力の方が高くなるからだ。

 

そして、私たち一般国民の立場では、ソブリン格付けを理解するにあたり注意しなければならないのは、社債の格付けの注意点とのアナロジーで言えば、ソブリン格付けが表すのは、国債の元利金返済能力であり、その国の国民経済の総合的なファンダメンタルズを捉えるわけではないし、ましてや、その国家のあるべき国家観を考えてくれるものでもなく、国家の重要な利害関係者である主権者たる国民に対して国家が提供している価値とか国家の存在意義、レゾンデートル(raison d'être)、国家の全体としての国力を評価するはずもない。ソブリン格付けの直接の利害関係者は、その国債を保有する金融機関と一部の個人である。無論、国債を保有している金融機関の資金を提供しているのは、預金者である企業や個人だから、預金者であれば一定の間接的な関わりがある。

 

とはいえ、一義的にはソブリン格付けが国債保有者という一部の利害関係者のための評価指標であることを考えると、政府たるもの、国民経済を構成するある一つの断片を捉えるに過ぎないソブリン格付けなる概念をあたかも金科玉条のごとく振り回して、国家の財政政策や金融政策を論じてはいけないし、ましてやそのような陳腐な概念を以って政治生命を賭けるなどとのスローガンといっしょに増税にむけて国民世論を導くことは断じてあってはならない。

 

国民国家を前提とするならば、国家を構成する個人や企業に対する影響を全体的に捉えて、適正な財政政策と金融政策のポリシーミックスを考えるのが、正しい振る舞いといえよう。まさに、2002年の財務省のコメントは正鵠を射ており、このようなコメントの根底にある国民経済の捉え方と同じ精神で財政政策を策定して欲しい。

 

今の日本は、民間セクターの貯蓄が高いことや、それを国内に投資する傾向が強いことから、異例の財政柔軟性を維持しており、低金利での調達が可能なのだ。その意味で、日本円は依然として世界的な準備通貨であり、安全への逃避先であり続けるだろう。その意味で、今回の格下げによって、一時的に円安に振れるとしても、継続的な円安基調になることはないだろう。

 

むしろ、焦眉の急はデフレ対策だ。物価減少、収入減少、給与減少、失業、自殺者の増加を通じて、日本の社会的活力を殺いでいる病根たるデフレからの脱却こそ、政府が取り組むべき課題と思う。物価下落が継続的となったのは1998年からだが、バブル経済崩壊による資産デフレも含めれば、先進国で日本だけが20年以上もデフレが続いていることになり、まさに唯一のデフレ先進国だ。

 

この間の日銀の金融政策を見ると、1999年2月から2000年8月までゼロ金利政策、2001年3月から2006年6月まで量的緩和政策という金融緩和政策を採って貨幣量を増やしていた。にもかかわらず、物価の下落が続いている以上、デフレは貨幣的現象であると言って、マネーの量だけで物価を説明する貨幣数量説では問題は片付かない。つまり、金融政策だけではデフレ脱却は不可能だ。

 

財政政策を見ると、1997年に消費税を5%に増税する一方、構造改革、規制撤廃、抵抗勢力を排除せよなどという空虚かつ暴力的なワンフレーズ衆愚政治を断行し、今日まで一貫して、公共投資を減らし続けてきた。一般政府総固定資本形成がGDPに占める比率は、1996年の6%台から現在は3%台まで低下している。

 

デフレの最中にさらに有効需要を奪ってしまう政府の財政政策は、あたかも傷口に塩を塗るようなものであり、デフレの野放しどころかデフレを促進させた。終わりの見えない長期デフレによって失われたものは、1,920兆円から4,050兆円にも上ると推計される得べかりし累積GDPだけでなく、収入の減少や失業によって毀損する人間としての基本的な誇り、毎年20,000人から30,000人に増加した自殺者の命など枚挙にいとまがなく、私たちは到底取り戻すことができない国益の損失を被っている。

 

今こそ取り組むべきは、消費税増税を中心とした財政再建ではなく、マクロ経済の教科書に書いてあるように、有効需要を創出する財政政策である。無論、財政再建が不要であると言っているのではない。物事には取り組む優先順位があるという当たり前のことを言いたいだけだ。

 

そんな思いをめぐらせている私としては、2002年と同様、政府には、国益が何かにもう一度思いをめぐらし、ソブリン格付けの格下げに対して格付け会社に対する反論コメントをリリースすることを期待したい。ソブリン格付けを持ち出して国民に消費税増税を煽るような卑しい振る舞いだけは控えてもらいたい。

 

 

 

 

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